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怖い話…なのかな [想い出語り]

中学校の修学旅行の最後に宿泊する日にあった出来事です。

フォークダンスを踊る企画があって、みんな踊ったわけですが、
組んだ男子のうちの一人が手繋いでくれなかったんですね(他の子は繋いでくれた)。
「修学旅行でこんなことしなくてもいいのに…嫌な思い出になるなー」と思いました。

その夜の宿泊地で、
六階の窓から誰かが転落したということで大騒ぎになりました。
別棟の二階屋上の物干し場まで落ちたけれども、幸い命には別状はありませんでした。

落ちたのは、手を繋いでくれなかった男子。
落ちた理由を問われても本人は頑として言わなかったそうです。
お酒でも飲んでたんじゃないか、と言われてますが真相は闇の中です。

彼は腰と脚と足を骨折して入院。
学校に出て来るまで三ヶ月ぐらいかかったけど、
受験には間に合ったのが不幸中の幸いかなあ。
でもほんと、頭から落ちなくてよかったって感じですよね。
頭からだったら、亡くなってたでしょうから。

で、私的に一番怖かったのは、
転落騒ぎのおかげで
フォークダンスの時に嫌だなあと感じたことと、
そのことが修学旅行の思い出になっちゃったら嫌だなあと思った…ということを、
ごく最近まで綺麗さっぱり忘れていたことかなー。
自分の記憶が当てにならないのって、なんか怖いです。

あの騒ぎのせいでほんとに忘れてました。
思い出したのは今年になってから。こういうこともあるもんですねー。
人間って記憶に蓋をするのがとても上手い。

天津風 [想い出語り]

部活で自分の刀に名前つけるのが流行ってたときがありました。
坂口安吾が好きな人は「夜長姫」ってつけてましたねえ。
私は「天津風」とつけたらしいです。(忘れてたんですが姉に教えてもらった)

百人一首の
「あまつかぜくものかよいぢふきとじよ」というのが元ネタです。
女子の刀だから、天津風です。
当時は駆逐艦に天津風というのがあるって知らなかったから、
完全に百人一首ネタ。

ちなみに愛刀は今でも私の部屋にあります。
二尺三寸五分。朱鞘に茶の柄糸巻で目貫は金の鶴。
先生が選んでくださいました。
かわいいです。

お手伝い [想い出語り]

玄関の掃除とかそういうのはあんまり好きじゃなかったけど
台所の手伝いは好きでした。
ふかしたおいもの皮を剥いて潰したり
卵白泡立てたり
フライの衣つけしたり
お魚をすり鉢ですり身にしたり
とろろをすりおろしたり
そういう、ちまちました感じの力仕事が多かったなあ。
「何か手伝うことある?」って聞いてやらせてもらってました。

刃物や火を使うものはほとんどなかったので
(野菜を茹でるぐらいかなあ)
母も危なくないものをと考えてくれていたようです。

縁の下の力持ち風ではあったけれども面白かったなー。
料理を「食べる」だけでなく
「作る」のも好きになったのは多分母のおかげです。

ラスクとラスクのようなもの [想い出語り]

小さい頃、母に連れられて映画を観に行くことがよくありました。
その時に次姉が映画館の売店で袋入りのラスクを買ってもらったんです。
これがとてもおいしかったので、
姉妹たちの間では「また食べたいねー」という話になっていたのです。

が、おやつをおねだりして買ってもらえた試しはなかったので
みんな我慢してました。

ところがある日、
長姉がラスクのようなものを作る方法を見つけたのでした。

1)トースターで食パンを焼く
2)はちみつをトーストに塗る
3)もう一度焼く

これだけ。
みんなこぞって真似しました。おいしかったです。
数日で母から禁止令が出ました。
トースターが故障したら困るものね。

はちみつが減るペースが早くなるのは特に問題なかったようです。
なぜなら普段ははちみつは全然減らないものだったから。

とうとう [想い出語り]

こんな本まで買ってしまいました。

誰でもヘミシンク3-あの世の会いたい人に会える本-

本当に会えるのかなあ。
会いたいなあ。
今、どこで何やってるんだろう。
会って話したい人が父だけでなく、沢山います。

…でもフォーカス27までいくのに、どれだけ時間がかかるかなあ。
気になります。

ホワイトテリアとファイヤーキング [想い出語り]

小さい頃、お隣のおうちには
ホワイトテリアの男の子がいました。
一代目、二代目、三代目で三匹。
その子たちがご飯を食べるときに使ってた食器。
今考えてみると
ファイヤーキングのピーチラスターでした。
なんという贅沢。

みんなとても人なつこくてかわいい子たちでした。

というわけでお隣さんの影響で中学生になるぐらいまでは
わんこ派でした。
今じゃすっかりにゃんこ派なんですけれどもね。

指揮者の好み [想い出語り]

父はカラヤンスキーでした。
なんでっていうぐらいカラヤンばっかりでした。

一方私は
あんまりカラヤンは好きではありませんでした。
音楽解釈的な意味で。
聞かせ方は上手いんだけど
なんか心に響かないし残らないんですよね。
なんでなんだろう。

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竹馬 [想い出語り]

お隣のおうちで竹を切るから、というんで
父がもらってきて竹馬を作ってくれました。

本当のところは
弓矢を作ってくれたら嬉しいなーと思っていたんですが
(ちょうど当時の「家庭画報」で手作りのおもちゃの連載記事が
「弓矢」だった、という)

それでも作ってもらえるのが嬉しくて、
一緒に作って
乗り方教わって
毎日のように走り回ってました。

一本の竹を半分に切って作ったんで左右の竹の太さが違ったけど
それは大して問題になりませんでした。

楽しかったです。

竹馬は、今も物置のどこかに眠ってると思います。

写真には [想い出語り]

撮っている人の想いが写るんだなあって
父が撮影した婚約前の母の写真を見て思いました。

プロが撮ってもこうは撮れないよなあという
絶妙の構図。
そこに写っている母はそれはもう美しいです。

もうパパちゃんってば
本当に恋しちゃってたんだなーって思います。

昔はフィルムもプリントも手仕事だったから
一枚一枚大事に撮ってたんですよね。

そのお宝な一枚はアルバム一面に一枚。
普通のよりも大きなサイズで
真ん中に大事にレイアウトされていました。

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亡くなってから [想い出語り]

入院してから寝たきりになって自力ではお手洗いにいけず
おむつになっちゃった父。
おむつ交換を見られるの、ものすごく恥ずかしがっていたので
交換時には子供はみんな席外してました。

亡くなった後、ゆかんするときも
子供には見られたくないだろうね、ということで
娘は三人とも立ち会いませんでした。

ゆかんをしに来たお姉さんたちはずっと泣いてました。

村井くんのブログで「おくりびと」のことが書かれてたんで
思い出してまた泣いちゃった。

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